どこまでも伸びてゆく道
その広大さのなかで
夢見ている
あのすべての人々

ジャック・ケルアック

a Small, Good Town.

Boron, CA

ロンリープラネットで見つけたこじんまりとしたモーテルのプールサイドでコーヒーを飲みながら今日の計画を練る。Googleマップによると目的地までは車で2時間半。ユッカバレーを通るルートを提案されるが、もうSoft Shoulderの標識はこりごりだ。路肩は硬いほうがいい。インターステート10を通るルートにしよう。

準備をしているとオーナーのトムが話しかけてきた。

「今日はどこに行くんだ?」「ボロンって町に行くよ。モハーヴェのほう」「知らないな。けどここらへんよりはるかに暑いから気をつけて」「うん、ありがとう」

トムは何度も、モハーヴェは暑い、本当に暑い、と言いながら、ペットボトルの水をいくつか持ってきてくれた。シボレーのトランクには既に大量の水を積んであったのだけど、この数本が生死を分けるかもしれないと思い、ありがたく受け取った。 もちろんそんなことにはならなかった。けどトムがくれた水はおいしかった。

Alpine Motel, Palm Springs, California.

彼のことを知ったのは、その町について調べている時だった。ロサンゼルスから北東に車で2時間、世界最大のホウ砂鉱山を抱える人口2,000人ほどの小さな町、ボロン。
そのWikipediaの『著名な住人』の項目に、『"Walking George" Swain』と書いてあった。あだ名が付いてる住人なんて珍しいな、と気になって、詳しく調べることにした。

パームスプリングスから州道111を通ってフリーウェイへ。/ CA-111, Palm Springs, California.

ジョージ・スウェイン (1919–2000) はボロンの伝説だった。
彼は歩くことにとてもこだわった。ロサンゼルス・タイムズやTV番組『リアル・ピープル』にも取り上げられたほどだ。彼は『ウォーキング・ジョージ』と呼ばれていた。車も家も持たず、職場へは毎日歩いて通っていた。砂漠の中に穴を掘って住んでいるんじゃないか、そんな噂もあった。彼はいつも同じ服を着ていた。しわくちゃのシャツとズボン、それに履き古したブーツ。2000年の4月25日に、80歳でこの世を去った。

- Wikipedia

面白そうな町を見つけたので少し寄り道。/ Hesperia, California.

スタンフォード大学での勉強を終え、U.S. Boraxに雇われてボロンにやって来た当初、彼はちょっと風変わりな人物だと思われていた。しかし、母親譲りの音楽の才能を活かして地元の教会でピアノを弾き始めると、次第にコミュニティに受け入れられていった。
それから毎週日曜日には子どもたちに無償でピアノを教えるようになり、教会が開いている時にはいつでもピアノを弾いていいという特権まで与えられた。彼はよく自分のことを「教会に通う無神論者」と言っていた。

- Wikipedia

コヨーテがいた。/ Hesperia, California.

あっという間にジョージのとりこになった。ジョージに会いたい、と思った。もちろん話すことは叶わないが、彼が生活したボロンという町を、この目で見てみたい、そう思った。

Bishop方面の標識が見えてきたのでフリーウェイを降りて国道395方面へ。ちょこちょこ寄り道しながら北へ向かう。そして砂漠の中のオアシス、クラマージャンクションで左折し、10分ほど走って、ボロンの町に入る。

よく見ると造りが雑だ。けどそれがいいんだろな。/ The Barrel, Boron, California.

とりあえず町を一周してみる。小規模のスーパーに、カフェがいくつか、あとは教会とモーテル。どこにでもある普通の町だ。ランチタイムにはちょっと早いが、とりあえず腹ごしらえをする。目抜き通りにある、樽の形の、その名も『ザ・バレル』というバーガーショップの前に車を停める。一番シンプルなハンバーガーにポテトとコーラも付ける。アメリカのハンバーガーはどこで食べても感動的においしい。

20 Mule Team Museum, Boron, California.

『ザ・バレル』から車を10秒ほど走らせて、1800年代後半、鉱山で採掘したホウ砂を工場まで牽引した、勇敢な20頭のラバ隊の名前を冠した『トウェンティ・ミュール・チーム・ミュージアム』へ向かう。小さいけれど、鉱山とボロンの歴史が詰め込まれた、とても素敵なミュージアムだった。

そしてそこの一画に、ジョージの記念の品が飾られていた。

「進入禁止」の下に「ジョージを除く」と書き加えられている。
はじめまして、ジョージ。

数枚の写真、新聞の切り抜き、イカした柄のネクタイ、そして履き古されたブーツ。

都会だったら、ただの変わり者でその人生を終えていたかもしれない。
けど彼はボロンでの仕事を選び、そこで気ままに生きて、町の人に愛された。
なんて素晴らしい人生だろう。

バーバラ館長。素敵な女性だった。/ Twenty Mule Museum, Boron, California.

ミュージアムでトートバッグと、ラバのイラストが描かれたTシャツを買った。受付の女性(館長だった)に計算をしてもらいながら、少し話を聞いた。

「こんにちは。素敵なミュージアムですね」
「ありがとう。旅行?」
「はい、日本から」
「あらそう。それはいいわね。ようこそボロンへ」
「ところで、ジョージのお墓を探しているんですが」
「あぁ、ジョージの。どこだったかしら。そこにカフェがあるでしょ、そこで聞いてみるといいわ」
「ありがとう」

由緒正しきファミリーレストランという趣がある。/ K&L Corral, Boron, California.

カフェに入り、なんとも言えない色のビニールの椅子に腰掛けると、ウェイターの女性が注文を取りにきたので、コーヒーをお願いする。薄い色のコーヒーが、ポットから大きいマグカップに注がれ、カウンターに置かれる。

「ジョージのお墓を探しているんですが」
「ジョージ?」
「ウォーキングジョージの。ご存知ありませんか」
「あぁ、ジョージね。ちょっと待ってて」

そう言うと、奥に座っていた女性を紹介してくれた。
メアリー。このカフェのオーナーだった。

メアリーとマリア。/ K&L Corral, Boron, California.

「どこから来たの?」「日本?」「ジョージのお墓を探しに?」「えっ?ジョージの?本当に?」「日本から?わざわざ?本当に?」

まず話しかけてくれたのはメアリーの友達のマリアだった。
僕にいろいろ質問を浴びせかけた後、スマートフォンを駆使してジョージの情報を探し始めた。

「データベースにアクセスしたけど、unknown、って書いてあるわ。メアリー、あなた知ってる?」
「どこかしらねぇ。モハーヴェのほうかしら。詳しい場所はわからないわ」

メアリーによると、ジョージはこの店の常連だったらしい。

「彼はね、この店に来ると、砂漠で摘んだ雑草やお花を、スパイスのようにして、料理に振りかけて食べていたの」
「愉快でしょ。そして彼は決して料理を残さなかったわ」

そんな話をしている最中にも、ウェイターの女性や、他のテーブルのお客が、いろんな知り合いに電話をかけてくれて、いきなり現れた旅行者の唐突な質問に、精一杯応えてくれようとしていた。

「旅行で大阪に行ったことがある。みんな信じられないほど親切だった」/ K&L Corral, Boron, California.

気がつくと結構な時間が経っていた。結論はこうだった。ジョージのお墓は多分ボロンには無い。ここから西にあるもう少し大きな町、モハーヴェに行けば何かわかるかもしれない。けどそれも確実ではない。

モハーヴェまで車で1時間。もちろんそんなに遠くはないけれど、僕は、他の町か、ボロンには無いんだな、そうか、それじゃ仕方ないな、という気分になっていた。

一生懸命探してくれた皆と握手をして、礼を言い、店のドアを開けて、車に乗り込んだ。そしてもう一度町を一周し、ボロンを後にした。

ボロンの目抜き通り。/ Boron, California.

その日の日記に、こう書いてある。

「とても親切にしてもらった。感動したまま帰路へつく。これが大事な気がする」

そして今でもそう思っている。

パームスプリングスの夕焼けは美しい。/ Palm Springs, California.

モーテルの駐車場に車を留めて、高度にコツの要る錠前を開けて(トム曰く「暑さで鉄が溶けちまう」らしい)敷地に入り、部屋に戻る。

少し休んだ後、近所のメキシコ料理屋に行き、適当に晩御飯をすませて、プールで少しだけ泳いで、味の薄い缶ビールを飲み、またベッドに潜り込んだ。旅先とは思えない、心地よい眠りだった。

トム。/ Alpine Motel, Palm Springs, California.

翌朝、早い時間に起きて、固いパンを薄いコーヒーで流し込み、部屋を片付けて、荷造りをし、モーテルの看板猫に挨拶をしていると、事務所からトムが出てきた。

「おはよう。昨日はどうだった?」
「おはよう。うん、最高だったよ」
「そうか、暑かっただろ?」
「うん、暑かった。水をありがとう」
「ああ。モハーヴェのほうはとにかく暑いからな」

滞在中何かと気にかけてくれたトムと握手をして、トランクに荷物を積み込んで、太陽に焼けたシートに座り、キーを回した。

それからGoogleマップに目的地をセットして、ギアをバックに入れた。
カリフォルニアは相変わらずいい天気だった。

George Swain
(1919 - 2000)
Boron, CA

size: XS,S,M,L / Material: Cotton, Polyester, Rayon

to be sold at

stock

35.0206302,-117.6853975

I wish to express my sincerest gratitude to Mr & Mrs Fujimoto, Haruki Nakagawa, Aki Hasuike, Atsushi Hitomi.

http://suburb.jp/